この様にして製麺機から始まった当社の事業はとうとう、麺の製造販売を始める様になった。普通、製麺機を製造販売していると、麺の製造販売などは余りやらないものだが、私は他人とは少し考えが違い、美味しい麺を作る為の製麺機を深く研究しようとすると、麺の研究が避けられなかった。
そして自分で実際に麺を作ってみないと麺のことは判らないと思った。
やはりやってみて、その価値が非常によく判った。
もし、今から二十数年前に製麺工場を作らなければ、現在の当社は無かったかも知れない。
当社の麺に関する深いノウハウは当然出来上がっていない。
自分の手で粉を練って、自分で実際に麺を作ってみて麺のことが始めて判る。
作るだけではなく、売ってみてお客様の反応を見ると、更に色んなことが判る。
麺工場はその後、会社組織となり、讃匠となった。
讃匠の創業は家内ので出里である、丸亀城の堀端であった。
そこから、屋号を亀城庵と命名した。
讃匠を創業したのは私と家内の母親の2人で始めた。
この母親には実の親以上に迷惑も掛けたし、世話にもなって来た。
今日、こうして曲りなりにもやれているのは母親の力が大きい。
私はこの世の中で沢山の人達に支えられて、助けられて来た。
数え切れない位の人にお世話になって来た。
この母親は既に85歳を超えているが、讃匠の会長として現役で活躍してくれている。
讃匠では現在、毎日3万食の麺を作り、殆どを通信販売で販売している。
創業の頃から考えると夢のようだ。
今は麺専門店繁盛の成功方程式作りで日々、格闘しているが、これも人生の貴重なプロセスの一部だ。